首都ロンドンほど、素晴らしい都市はない。人口1,000万人を突破する勢いのロンドンは、テムズ川を中心に南北にまたいで広がるまさに大都市ですが、その独特の雰囲気を端的に説明するのが難しい街です。いくつか特徴を挙げると、速い、遅い、新しい、古い、街でしょうか。都会的で、慌ただしい街、穏やかで緑豊かな街。スパイシーで伝統的な街。お洒落でローファイな街、とロンドンは相反するものを難なく一緒に挟み込みながら、進化する街です。そこを訪れる人にとっても、存在そのものが永遠に興味深い街。
アートといえば、のロンドン。世界中から注目されるこの街は、優れたアート作品にお墨付きを与え、新進気鋭の作家を育てる優秀なインキュベーターとして機能しています。そんなロンドンで2003年に始まったフリーズ・アートフェアは、(間違いなく)世界で最も影響力のあるコンテンポラリーアートの年間イベントの一つ、と言えるまで成長してきました。そんなフリーズ・ロンドンの現ディレクターは、エヴァ・ラングレ。先鋭的で境界を打ち破る数々のキュレーションで知られるエヴァは、オフィシャルな場でも、プライベートでも、スタジオニコルソンのモジュール式ワードローブのファンを公言しています。私たちはエヴァをIn Conversation Withシリーズに招待し、他のゲストと同じように彼女にインタビューの場所を指定するよう依頼しました。
彼女が指定しきたのは、新鮮な空気感をまとうテムズ南部。ロンドンに住んでいない人たちから見ると、そこは「タクシー運転手でさえ、行くのを拒むゾーン」というレッテルを永らく貼られてきた場所です。ただ、ここはロンドン北部に比べて道幅が広く、スカイラインもゆったりしている、実は素敵なエリア。南部へのこういった偏見は、ヨーロッパ中世期の政治のような、保守的で現実にそぐわないものと捉えるべきです。そんなことはさておき、カメラマンのジュヌヴィエーヴと私は、エヴァに会うために、南部キャンバーウェルのペッカム・ロード沿いに建つサウス・ロンドン・ギャラリーへと向かうことに。典型的な秋の陽気が立ち込める午後で、湿った舗道に霧雨が降っていました。
ギャラリーに到着すると、私たちは1890年代に完成し、当時の面影がそのままのビクトリア様式の建物に案内されました。内部を通って裏手に出ると、そこに対比する様に建つ大きな現代的な展示スペースに驚きました。2010年に完成したこのモダンなギャラリーは、英国を拠点に活躍する建築スタジオ、6Aの設計によるもの。パッと見は、鬱蒼とした植え込みの庭に囲まれるように配置された、暗くて抽象的な「箱」のようなスペースです。ただ、一歩中に足を踏み入れると、トップライトのガラス屋根のおかげで室内いっぱいに光が降り注ぎ、巨大な一枚ガラスのドアによって、西側の壁全体が造園された中庭を囲むように、内と外がつながった開放感のあるスペースであることに気づきます。クリーンなラインが印象的な白い壁や、建物の美しい角度を写撮る、カメラマンのジュヌヴィエーヴの仕事が捗ります。
エヴァ・ラングレはパリの郊外で育ちました。パリ・ドフィーヌ大学で経済学を学んだ後、パリ芸術高等学院でアートマネジメントの修士号を取得、その後渡英してロンドン大学東洋アフリカ学院で美術史と考古学の修士号を取得しました。自己紹介の後、ギャラリー内の開放的なクロア・スタジオでコーヒーを飲みながら、私はエヴァがここロンドンに「馴染んだ」と感じるまでに、どのくらいの期間を要したのか尋ねてみましたが、彼女がこの街に溶け込むのに、時間は必要なかったようです。「そうですね、最大で5週間くらいかかったでしょうか。以前から何度もロンドンを訪れていましたし、1年間ロンドンに居住して勉強していたので、ロンドンに定住する前から、すでにこの街は熟知していました。ロンドンへ越してきてからは行く先々で、概ねラッキーな出会いには恵まれたものの、移住直後には悲惨なアパートに当たったこともあります。とはいえ、ロンドンを構成するコミュニティは非常に多様で、国際的で、活気に満ちています。そのなかで私を受け入れてくれる場を見つけて、まるで自分の家族のような近しい集いを形作っていくことは不可能ではない、と感じさせてくれる温かい街です。」
"ロンドンを構成するコミュニティは非常に多様で、国際的で、活気に満ちています。そのなかで私を受け入れてくれる場を見つけて、まるで自分の家族のような近しい集いを形作っていくことは不可能ではない、と感じさせてくれる温かい街です。"
「ロンドンへ移住して直ぐに、私はここのすぐ側のブリクストンに落ち着くことになり、時を待たずに自分の進むべき方向性を見つけることができました。当時の仕事仲間によって、私の周りには心地良いコミュニティーが作られることになりました。最初の仕事を通じて出会ったのは、クリエイティブな業界を渡り歩き、生計を立てながら自分の道を見つけようと模索する、たくさんの若い人たち。そこでは孤独を感じることはありませんでした。それに、ブリクストンでは毎夜尽きることなく、エキサイティングなイベントが行われていました。Zバーやフリッジ・バーでの熱狂的なパーティーや、マンゴ・ランディンでのライブ・ミュージックは今でも忘れられないくらいとても楽しかったし、その頃のブリクストンは、入り乱れるように多様な人が混ざり合う場所でした。当時は、ブロックウェル・リドの廃墟と化したトイレに、複数のアーティストのスタジオが入っていましたが、それが今では高級ジムに様変わりしています。これこそ、過去20年間のこの界隈の軌跡を物語る事実ですね。」
空が少し晴れたのを良いことに、私たちは撮影を開始しました。ジェン(ジュヌヴィエーヴ)が撮影の準備をしている間、私はサウス・ロンドン・ギャラリーを今日のインタビューの場所に選んだ理由を尋ね、このギャラリーと彼女と、あるいは彼女のキャリアとの関連性について考えを巡らせました。「このギャラリーは、サウス・ロンドンで最も愛されているアートスペースのひとつです。19世紀にオープンしましたが、今日でも展覧会や、多くのアートイベント、教育プログラムや、家族向けアクティビティ、アーティストのレジデンシーに至るまで、多様で刺激的な企画を日夜運営しています。国際的な(そして国際的に認知された)プログラムの運営と並行して、常に何か面白いことが起こっていて、誰もが歓迎される形で、地元のコミュニティにもしっかりと根ざしている場です。また、とても素敵なカフェと並んで、現代アーティストのガブリエル・オロスコがデザインした庭園も併設されています。一見、とてもシンプルな作品のように見えますが、庭園ではよくあるように、実際はとても複雑で難しい、奥深い作品なんです。」
フリーズ・アートフェアのアーティスティック・ディレクターとして、常に次から次へと移動が続く地獄のようなスケジュールを日々こなすエヴァ。2020年の春以来、ウエストゴムの信奉者となった私は、コロナ渦でのロックダウン以降、エヴァのワードローブも変わっただろうかと思い、問いかけてみました。うなずきながら、彼女はこう続けます。「ここ数年で、私のスタイルはとてもシンプルに変化してきました。それは、歳を重ねたことや、コヴィッドの出現、私が母になったこともその理由の一つでしょう。この頃、私を取り巻く全てが同時に大きく変化することになりました。以降、毎朝時間をかけて手の込んだスタイリングを組むために、あたふたするのが嫌になりました。私はただ日々、シンプルに何かを着て、これが「私の一張羅」だと鼓舞せずに、気分が良くなるスタイリングで出かけたいだけなんです。今の仕事ではドレスアップする機会も増えたましたが、実は私はめったにドレスアップすることがありません。良いスーツか、上下で予めコーデが組まれたルックや、シンプルなドレスに良いジュエリーなどを身につけます。夜の会食などに出かける前に着替えている暇はないので、朝着て出た服はディナーでも使えるものでなければなりません。
「私は、実はファッションが大好きなんですが、もう何年も前にトレンドを追うのは止めました。ファッションの短いサイクルを追うことで生じる独特の渇望感や、トレンドに追いつくために費やすリソースや時間に、意味を見いだせなくなったんです。ただ一方で、ヴィンテージものや古着は、私にとって「特別な」アイテムを見つけるための重要な源であり続けています。私にインスピレーションを与えてくれるような、私が最もスタイリッシュだと思うアイコンたちを振り返ってみても、皆いろいろなものをミックスしたり、様々なスタイルをダイナミックに取り入れたりしています。例えば、テーラリングのアイテムにストリートウェアを合わせたり、ハイファッションに古着屋で見つけたものを合わせたり、デザイナーものにヴィンテージを合わせたり...十人十色にクリエイティブな才能を発揮しています。」
「私は着心地がよくて、末永く愛用できる類の服が好きで、買うものには全て強いこだわりがあります。なので、特にクラフツマンシップに注目して、服を選んでいます。それはつまり、その服がどのように組まれているのか、着用した際にどのように動くのか、またどのような素材で作られているのか、という点です。それからもちろん、その服を着て私がどう感じるのかも重要です。そわそわとした気分にさせるような服は、決して選びませんし、すでに持っているアイテムとの相性も見ます。他にも、私は大胆なパターンが好きで、良い色であることも重要です。色と言っても、それは必ずしもいわゆる「カラフル」を指すわけではありません。スタイルを仕上げる類の色調や、反対にスタイルを崩すような、スタイルを左右する要となる色合いです」。
スタジオニコルソンのファンなら、スタジオニコルソンのモジュラー・ワードローブがクリエイティブ業界で活躍するスターたちの非公式なユニフォームになっていることをすでにご存知のことでしょう。エヴァもその一人。カメラマンのジュヌヴィエーヴがまるで小さな妖精のように、天窓から降り注ぐ陽光の破片を捉えようと飛び回るなか、私はエヴァに初めて着たスタジオニコルソンの服を覚えているかと尋ねると、彼女はこう答えてくれました。「もう何年も前に買ったブレザーで、それは今日まで愛用しています。スタジオニコルソンは数多くのアーティストやキュレーター、ギャラリストたちに愛用されているブランドです。ここでは何を選んでも、私のワードローブに昔からあるお気に入りのアイテムたちとの相性は抜群です。スタジオニコルソンらしい究極的にシンプルで、禁欲的な空気感をまとう類のシグネチャースタイルを持つ人や、何年経っても変わらない普遍的なスタイルを持つ人たちに、私は常に魅せられます。それは明確なヴィジョンと、自分にとって何が効果的かを知り尽くさなければ、完成しないスタイル。そういったスタイルを規律良く貫く姿勢に、感服します」。
エヴァが着用しているのは SANTOS WOOL SHIRT IN REED とEYASI WOOL PANT IN REED