スタジオニコルソンがかつて設けた、初めてのヘッド・オフィス。そのヘッド・オフィスを置く場としてカルバートアベニューが選ばれたのは至って自然なことでした。ここはイースト・ロンドンのバウンダリー地区。並木道と歴史ある建築が印象的な、威厳ある雰囲気のアドレスです。ニック・ウェイクマンが2010年にブランドを立ち上げた後、私が初めて彼女と出会ったのは2012年。ロンドンオリンピックが開催され、首都は忙しない空気が漂っていました。その際、ブランドの価値をどのように広く伝えていくべきか、ウェイクマンと意見を出し合いましたが、この時すでに、このブランドの成功が予見できるようなやりとりだったことを記憶しています。そこでの真剣な議論と、数々のエアパンチの応酬の末に誕生したコンセプトが「モジュラー・ワードローブ」です。ニックはデザイン船の船長、私はブランドが発信する言葉の舵取りをしました。当時、スタジオニコルソンはまだ始まったばかりでしたが、その美学はすでに角が取れて丸みを帯びた完成度。力強いものになっていました。まさに世界に向けて発信する最適なタイミングを迎えていたのです。
10 YEARS (+2) OF STUDIO NICHOLSON - AT ROCHELLE CANTEEN
2022年7月、パンデミックの影響で2年遅れてしまいましたが、スタジオニコルソン創業10周年の祝祭をあげるため、私たちはロシェル・キャンティーン(レストランに改修された古い学校)にある長い食堂のテーブルでゲストのネームカードを並べていました。ニックはとてもプライベートな人間で、脚光を浴びるようなことは好みません。ブランドの創業者であり、クリエイティブ・ディレクターである彼女は声高に意見を主張するよりも、静かに写真でコミュニケーションをとることを好みます。
グラスを並べて、ナプキンをたたみながら私たちは、10年を迎えることがいかに重要な節目であるのかについて自然に話をしました。ショアディッチとソーホーに独立した2店舗を構え、このブランドをここまで成長させるため、ニックはこの10年懸命に取り組んできました。今後に向けてさらに気分を奮い起こすために10周年を迎えるにあたって、近しい友人達や業界の要となる人達と一緒に集まる機会を設けることが重要と考えたのです。
ゲストが席につき、ドリンクが注がれて会話が弾むなか、ローストチキンやベークド・ターボット(ヒラメのロースト)が大皿で振る舞われると、おしゃべりも少し落ち着きはじめました。チャードとフェンネルの煮込みや、レモンポテトがプレートに取り分けられ、私たちはみな家族のようなスタイルで青空のもと、食事を摂ることに。10周年記念は2年遅れてしまいましたが、そんなことを微塵も感じさせない空気のもとで、私たちは舌鼓を打ち、お互いの近況を報告しあいました。ほとんどの人がニックへのオマージュとして、愛用のモジュラーワードローブから、少なくとも1つのアイテムを身に着けていました。
メインディッシュが終わり、グラスが何度か補充されると、サマープディングとジャージークリームが登場し、みんなで乾杯をすることに。結婚式のベストマン(新郎のサポート役)のごとく、思わず私はその場で立ち上がって、ニックの10年の功績を祝うエールをグラス越しに送りました。素材と機能性を第一に考える彼女のシルエットは、広く模倣されていますが、決して凌駕されることはありません。私たちが座るこのレストランのすぐ側で始まった小さなスタジオから、国際的に認められたブランドへと成長したスタジオニコルソンは、新店舗オープン(期待して待っててください!)も視野に、前進し続けています。
ウェイクマンのように人並外れた技量でズボンを作る人は他にいません。スタジオニコルソンを愛用する人たちが囲うテーブルでは、デザートを挟んで、ブランドの成功についての考えが飛び交います。ミスターポーターのAshley Ogawa Clarke(アシュリー・オガワ・クラーク)は、「スタジオニコルソンの特徴は、間違いなくニック・ウェイクマンの圧倒的なセンスの良さ。色や形、ベルトループなど、あらゆるディテールによって、丹念に作り込まれたガーメントとして強く印象に残りますが、おそらく間違いなく、全てがニックによって丹念に作り込まれているのでしょう。」と話してくれました。
私はさらにもう一歩踏み込んで、i-D マガジンのエディター、Felix Petty(フェリックス・ペティ)とジャーナリストのGrace Cook(グレース・クック)の間に割って入り、モジュラー・ワードローブの魅力について2人の話を聞くことに。フェリックスによるとそれは、「シンプルであることの美しさ。複雑ではないのに、ニックのデザインは常に面白さを携えています。すべてが熟考されていて、それらが細部まで行き届いていて、なんだか全てが愛されている感じがするんです。」と話してくれました。また、グレースは「自分たちが何者で、誰のためにものづくりをしているのかを理解したうえで、それ以外のものになろうと努力することがないのがスタジオニコルソン。多くのブランドのように、消費者層を追い求めてブレることもありません。注目を集めるために、消費者に向かって叫ぶようにアピールをする必要のないブランドなのです。インスタグラムを中心としたソーシャル・メディアが重要視される現代の風潮の中で、それはとても新鮮なことです。」と語ってくれました。
ザ・モダン・ハウスのCharlie Monagha(チャーリー・モナガン)は、「多くのブランドが、モジュール式ワードローブというアイデアを売っていますが、ほとんどの場合、それは一般的で退屈な服へと変換されています」と指摘。「そんななかスタジオニコルソンは、汎用性の高い、着回しのきく服を作りながら、クールでモダンなスタイルを打ち出し、時代を超越した、まさにモダニズム建築やデザインのような印象を保ち続けています。私はスタジオニコルソンのパンツを3着ロテーションしながら愛用していますが、ニックに「服を着るときは、まずズボンを履くように」と言われて以来、必ずそうしています。」と教えてくれました。
ペーパーボーイ誌の創刊者David McKendrick(デヴィッド・マッケンドリック)は、ロンドン東部を散策中にカルバート通り沿いのスタジオニコルソンの店と偶然出会い、以降、他のブランドに返ることはなかったという。「その事実を象徴しているのが、その時の僕が金脈を探り当てたと感じたのにも関わらず、実はその正反対で…数百ポンド軽くなった僕の財布…にも満面の笑みが溢れる心境で店を後にしたこと。今のお気に入りは、ニットベスト、フォス(Foss)のオートミール色。この1着はペーパーボーイの最終号でも撮影しました。モデルが着ている姿がとてもチャーミングで、すぐに「これだ!」と思ったんです。このベストを何が何でも手に入れなければと思いました。私の頭の中では、モデルが着ていた時と同じように、これを着ている僕もエレガントに見えるんです(僕は彼よりも25歳も年上で、ハゲてもいるのですが!)。
スタジオニコルソンを着る人は、新旧を問わず皆、モジュール化された服の着やすさを味わっています。ハンガーにかかっているだけでは誤解されがちなシルエットですが、実際に着てみるとこれが生き生きとしてくる。一度着てみれば、もう以前の服には戻れません。言い過ぎに聞こえるかもしれませんが、これは紛れもない事実です。もっと早くから着ておけばよかったと思うはず。ただニックは、自分のデザインプロセスやその類まれな手法について皆にひけらかすようなデザイナーではなく、日々の作業を実行に移すのに忙しい人なのも事実です。
照りつける日差しのもとで午後のゆっくりとした時間を過ごし、食後のコーヒーを飲んだ後、一行は夕方にかけてはけだしました。ファッションエディターであり、私が長年のファンでもあるCatherine Hayward(カテリーヌ・ヘイワード)に、最後に一言コメントをお願いしました。「高音のベルもホイッスルも、うるさいグラフィックもないスタジオニコルソンは、思慮深く、機能的で静かな服の代表格です。この真っ直ぐなスタンスを保ったまま、このブランドは不安定なファッション界を巧みに切り抜けてきました。スタジオニコルソンの理念は「最高の生活のためのデザイン」と言えます。まさにこれ以上の形容はないでしょう。スタジオニコルソンの次の10年に向けて。」