Studio Pin Ups - Interview with Rosa Park

(左から右へ)
1.1980年代のアクセル・ヴェルヴォールト、電話中の写真。彼はアートとデザインの分野での究極のマスターです。私がギャラリーを始めた大きな理由の一つは、彼の拠点であるベルギーのアントワープで過ごした時間です。彼は、私のアートとの関わり方を変えました。考古学的遺物の隣に巨大なアニッシュ・カプーア、古典絵画、韓国の陶磁器を並べるような組み合わせ方。彼の「大切な作品こそ日常に置いて共に生きるべきだ」という考え方が好きです。多くの人は貴重なものを保管しますが、彼はその逆。共に暮らし、時間と共に変化させる。わたしもそれが人生の本質だと思います。
2.フレッド・サンドバックの作品には、2000年代初頭にニューヨークで出会いました。彼はアクリル糸を使うことで知られています。要するに普通のひもで、どこでも手に入るようなものです。彼はそれを引っ張って張り、垂直線や斜めの線を作り出します。それによって空間の見え方や感じ方、そこを通るときの動き方まで完全に変わります。彼は、ミニマリズムについて考えさせてくれたアーティストです。「シンプル」は決して単純ではないと教えてくれました。
3. スイス・ドルナッハにあるゲーテアヌムにはまだ行ったことがありませんが、行きたい場所の一つです。そこはルドルフ・シュタイナーの思想の本拠地で、人によっては少し、あるいはかなり議論の分かれる考え方ですが、彼のイデオロギーは、私にとっては純粋にデザインのことを言っているのだと思います。大まかに言えば、「すべてはつながっている」という考え方だと解釈できます。家、身体、家具、教育も。特にデザインにおいては、美しいだけでなく、快適であり、健康に寄与するものでなければならない。自然や人間の身体にある形を模倣した曲線や非対称性が特徴で、時に結晶のように見えることもあります。私は、この形がとても好きです。そして実際にその家具に座ったことがありますが、本当に快適でした。
4.ソン・ヒョンスクは、私が最も好きな存命中の韓国人画家です。彼女は現在70代で、1970年代初頭に韓国を離れドイツに移住しました。これは、私が選んだ中で最も感情的なイメージで、その影響の深さをうまく説明できるか分かりません。彼女が韓国を離れたのは開発前、高層ビルが立つ前のこと。母と祖母は蚕を育てていたので、彼女の作品には薄いヴェールのような絹のモチーフが多く登場します。彼女のスタジオには1950〜60年代の農村の写真があり、木の棒のようなものが写っています。彼女が特別なのは、過去50年間ほぼ一貫してこの木の棒と、ヴェールのような布、時には粘土や土といったモチーフだけを描き続けていることです。まるで、もう存在しない何かを切望しているように感じます。それを描き続けることで、母や祖母の伝統を彼女なりのやり方で継いでいるのだと思います。
5.少し楽しい話を。アーティストのピーター・ジョセフが、私と夫にこう言ったことがあります。「イギリスの天気に文句を言いたくなったら、空を見上げて、変わりゆく空と光を楽しみなさい」と。それがきっかけで夫(写真家のリッチ・ステープルトン)は空の写真を撮り始めました。それで私たちは息子に「ターナー」と名付けました。J.M.W.ターナーにちなんで。イギリスの空を描いた画家はたくさんいますが、私たちのお気に入りはやっぱりターナーです(笑)。
6. 韓国の写真家ミン・ヒョヌによる「韓国のおばあちゃんたち」のシリーズは、SNSで話題になりました。韓国では年長者を敬う文化があります。この写真は、ソウル以外の地方で撮影されていて、彼女らは、美しい韓服をまとい、花を持っています。『ヴォーグ・コリア』でも掲載されました。見てください、この笑顔。私も82歳の最年長のアーティストと働くことがあります。だからこそ、もっと多くの人が、自分より年上の人や年下の人と時間を過ごすべきだと思います。視野が広がります。
7. 日本の直島、地中美術館にあるモネの部屋は、私とアートとの関わり方に大きな影響を与えました。正直に言うと、それまでモネの『睡蓮』には特別な思い入れはありませんでした。でも、あの空間で作品を見たときは衝撃的でした。自然光で照らされ、建築がとても巧妙に設計されていました。(建築家は安藤忠雄)、この作品のためだけに作られた部屋です。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、写真は禁止。中に入り、ただアートを体験する。アートの感じ方において、環境がいかに重要かを実感しました。
8. スーザン・フレコンはアメリカ在住の現代アーティストです。彼女は色について教えてくれました。「なぜ画家によって色の生き方が違うのだろう?」とよく考えますが、彼女の作品には、自分が好きだと思っていなかった色まで好きにさせられる力があります。彼女は「作品は見るためのものではなく、体験するもの」と言います。そして作品に意味を持たせない。その開かれた感じが好きです。
9. ルーシー・リーを写した有名な写真があります。彼女のそばには、1940年代後半にバーナード・リーチから友情のしるしとして贈られた大きな月壺が写っています。それは彼女のスタジオにずっとあり、亡くなった後は大英博物館に収蔵されました。韓国の話に戻ると、今でこそ注目されていますが、かつては貧しく戦争に苦しんだ歴史があり、文化的価値も評価されていませんでした。リーチは1930年代に韓国を訪れ、この月壺を買いました。今やすべての陶芸家が月壺を知っていて、その純粋なかたちは教育の一部とも言えます。でもこの壺を誰が作ったのかは誰も知らない。それって面白いと思いませんか? リーチがそれを持ち帰り、リーに贈り、貴族の写真家が撮影し、大英博物館に収蔵される——。韓国人として、先祖を遡ればあの地にたどり着く身として、この小さな壺が多くの影響力ある人を動かしたという事実は、本当に意味のあることです。私たちの歴史や文化、工芸には力がある。そう確信させてくれるのです。
10.タントラのドローイングは、私の中で一種の執着に近い存在です。多くはインド由来で、作者不詳、古い紙の切れ端に描かれています。非常にシンプルな幾何学模様や、宇宙、渦巻、星などの宇宙的なシンボルが見られます。ヒルマ・アフ・クリントやアグネス・マーティンにも影響を与えたと考えられています。私はスピリチュアルなものにとても関心があります。仏教徒ではありませんが、瞑想はします。これらのドローイングの魅力は、作者や完成作品そのものではなく、瞑想の中で描くという「過程」にあるところです。
11.マイケル・ハイザーの『City』のような作品には、以前から惹かれてきました。アメリカのランド・アートが好きです。まったくスケールが違って、信じられないような世界です。ウォルター・デ・マリアの『ライトニング・フィールド』のように。『City』が500年後にどんな状態になっているか想像できますか? 彼は20代で始めて、70代で完成させました。50年かけたプロジェクトです。何よりも、彼を紹介した理由は、私にアートや人生の見方を変えてくれる存在だからです。間違いなく、そういう人です。
ローザ・パーク 、サイモン・チルヴァーズによるインタビュー