ニック・ウェイクマンは、日本の年金生活者に関心を寄せる珍しいデザイナーだ。「日本の成熟した男性の服装と、彼らの発する優しい空気感に夢中なんです」とデザイナーは興奮気味に語る。「彼らの服は完璧に洗濯されていて、細かいところまで手入れされています。街を歩く高齢者の姿や身のこなしに、素敵な印象を受けます。」
ロンドンを拠点とするブランド、スタジオニコルソンのクリエイティブディレクター兼ファウンダーのウェイクマンは、着る人の個性を引き出し、他者を惹きつける引力を与え、年齢を感じさせない服作りを行う。トレンドを追いかけたり、ファッションシーンの先端に立つことには全く興味がない。その代わり、仕立てのマジックを繰り広げながら、着る人を中心に考えた服作りを行い、静かな日々を過ごす。スタジオニコルソンにはこの彼女の姿勢が凝縮されている。
「私たちのデザインは、装飾や小物を多用しません。なので、少し地味だとか、なんだか北欧風だとか言われることがよくありますが、だからこそ、私たちのスタイルは古びないのです。」と彼女は説明してくれた。「私たちが生きる時代は、何事も移り変わりが早くて、今日素敵だと思ったものが、来年も素敵に感じるとは限りませんから」。スタジオニコルソンは世の中の波長とは少し違ったリズムで、デザインに取り組みながら、いわゆる「ベーシック」と呼ばれるものを、発表し続けている。ただ、ウェイクマンが世に放つデザインは、いわゆるベーシックとは明らかに違う。どう違うのか。
まず、ウェイクマンは執拗なまでに素材にこだわり、精密なカットにより、滑らかでクラシシカルなシルエットを編み出している。それに加えて、常にひねりを効きかせながら、様々な手法で「威厳」や「知性」を感じさせるようなスタイルを提案し続けている。こうして、スタイリッシュなメンズウェアとされる世の中の境界線を、ウェイクマン自身が優しく押し広げている、ということが他との大きな違いといえるだろう。
ウェイクマンの作る服は、美しい形に落とし込まれ、すべてが自然な色合いで表現されている。そして、強い色が使われることは稀だ。「私は色が大好きで、色そのものには関心があります。ただ、自分の近くには色を置きたくないんです。私の家の中にも、私のワードローブにも色はありません」。そう語るウェィクマンは花が嫌いなデザイナーとして知られる。「(花については…)情熱を持って、嫌いと言えますね。」と言い放つ。花のような刹那的なものよりも、むしろ永続や長寿の考え方に惹かれるのだという。こういった感覚も彼女が古い世代を愛する理由の一つなのかもしれない。
2年ほど前にウェイクマンは三重県鈴鹿市に住む、ひときわスタイリッシュな80代の男性、ヒロノブに出会った。「4年前に奥様を亡くされたヒロノブさんを想って、お孫さんのコウタさんが少しでも楽しい時間を過ごして欲しいと、ヒロノブさんの写真を撮り、インスタグラムに投稿していたんです」とウェイクマン。ウェイクマンの友人がヒロノブのインスタグラムのプロフィールを彼女に送ったことをきっかけに、ヒロノブはデザイナーの新しいミューズとなった。
「私はヒロノブさんと投稿者のコウタさんに大量の服を送って『これを使って、好きなようにしてください』と言ったんです。すると、彼らは想像を超えるような、素晴らしい写真を送り返してくれるようになったんです。」と彼女は言う。これは、ソーシャルメディアの世界では「インフルエンサー・シーディング」として知られるもので、スタジオニコルソン版のマーケティングとも捉えられるが、薄っぺらなマーケティングよりはるかに温かく、より本質的な行動と言えるだろう。「ヒロノブは、インフルエンサーという言葉の意味すら知らなかったと思います」と彼女は続ける。「でも、彼は不思議とどんなモデルよりも素敵に見えます。それは、ヒロノブが嘘のない、彼自身の自然な世界観で服を身に着けているからでしょう。まさに、そこに美しさがあるんです。」
ヒロノブのようなシニア世代が自分の服を大切にし、そのスタイルに誇りを持つという考え方は「モジュラー・ワードローブ」というコンセプトを展開するスタジオニコルソンにとって、とても重要なこと。スタジオニコルソンのモジュラー・ワードローブは、時代を超えて信頼され、何にでも合わせられ、いつまでも着られる服を指す。それはつまり、汎用性が高く、長く愛用できるワードローブだ。例えて言うと、不動産への長期投資が比較的リスクの低い投資であるのと同じように、仕立ての分野での安定した投資先として「パンツのように安全な」アイテムで構成されるのが、スタジオ・ニコルソンのワードローブなのだ。
このワードローブはまた、長期で保有し続けることから本質的に持続可能で、環境にも優しい。モジュラー・ワードローブを完成させるには「自分に本当に合う1枚のTシャツ、1枚のジーンズを見つけて、まとめ買いすることです。」とウェイクマンは言う。「その1枚を見つけるのは大変な作業かもしれませんが、永遠に使えるアイテムになるので、その価値はありますよ。」Tシャツもジャケットもパンツも「これだ!」と思うものを完成させるのには、途方もない作業が必要だが、ウェイクマンもまた、それほど緻密な仕事をこなす。「私は服の裏側がどうなっているのか、とても気になるんです。内側も外側と同じように美しくなければなりません。こういったディテールが本当に重要なんです。
私たちがよく使う言葉で"JND"(JustNoticeableDifference、感知できるほどの小さな違い)というものがありますが、これこそが他と差をつけるんです。」
ウェイクマンによると、自分のワードローブでJNDを育むための最もシンプルなアドバイスは「いいパンツを履くこと。」なのだそうだ。ステートメント・パンツの中でもスタジオニコルソンのベストセラーはボリュームパンツで、Bボーイ的なバギー感がありながらも、より洗練された大人っぽいワイドパンツだ。これもまた、日本での人間観察からヒントを得たアイテム。「東京の街で、この大きなパンツを履いて歩いている人を見たんです」と彼女は振り返る。「写真も何も撮らなかったのですが、どうしても気になったので、ロンドンに引き返してから東京で見たカーブを思い描きながら、カッティングをしました。その時作り上げたパターンと全く同じに仕上げたのがこのパンツです。」
"I’ve got a massive crush on old Japanese men, their clothes, and that kind of gentleness that they’ve got"
その後、パンツは飛ぶように売れた。「このパンツがなかったら、私たちは今ここにはいないでしょう。だってあれだけ売れたんですから」と彼女は言う。このパンツの成功の秘密は、パンツ単体でどう見えるかよりも、着る人の体に合わせてどう動くかにあるのだ、と彼女はMr Porterに打ち明けてくれた。「人は動くことで、その人となりがわかります。人は静物ではないからです。特にパンツについてはヒップからの落ち方やプリーツの位置が重要です。」とまた、ここでもJNDに言及する。
「道を歩いていて、最高にお洒落で格好いい人を見かけると、なぜその人が他の人よりも格好よく見えるのか、わからなくなることがありますよね。」と彼女は続ける。「それは、ジャケットがその人のために特注されたからかもしれないし、布がうまく体に乗っているからかもしれない。或いはそもそも素材が優れているからかもしれないし、その服が完璧にアイロンがけされているから、かもしれません。でも、一体全体何が本当に、その人たちを際立たせているのでしょう?私はいつもそれを探しているんです。」